児童養護施設 大村子どもの家
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大村子供の家のあゆみ
 沿革
 先達

沿革

 終戦直後の一大混迷の時に、佐世保引揚援護局内に海外からの引揚者の中で両親を失ったり、国内の縁故者を探しだし得ない孤児が数百名に達したため、局内でもその取り扱いに困惑しているばかりでなく、心身共に成長の早い子供を永く局内に留めて置くことは、児童愛護の上からも思わしくないという観点から、当大村子供の家に入所させ、養護を開始したのがはじまりで今までいろんな活動を行ってきました。

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昭和22年4月頃

昭和31年頃 昭和45年みかん狩り

昭和21年4月1日 授産事業を開始していた恩賜財団同胞援護会長崎県支部は、引揚援護局及び県と協議。
昭和21年9月1日 135名の子供たちを当子供の家に入所させ、養護を開始。
昭和23年1月1日 児童福祉法に基づく定員50名(後80名)の児童養護施設としての認可を受ける。
昭和42年10月11日 社会福祉法人の認可を得て、同会の事業を引き継ぎ。
昭和44年12月 日本自転車振興会の援助により体育館を新設。
昭和59年4月 中央競馬社会福祉財団の補助により体育館を増築し、子供たちの福祉増進、体力増進に寄与。
昭和53年1月 初代施設長中尾エイ先生より諫早市旭町にある自分の土地、建物を福祉事業に役立ててほしいということで、ご寄付を受け研修センターとして使用している。
昭和58年3月 大村市黒木町の山林及び農園を児童福祉のため購入。
昭和58年3月 施設の建物が老朽化したため、全面改築。
平成7年3月 地域交流スペース(家庭養育支援センター)を建設し、地域に普遍的な児童福祉サービスを行う。
平成10年8月1日 児童家庭支援センターの認可を得て、県央児童家庭支援センターを開設し、児童問題のさまざまな相談に応じる。
平成12年2月 大規模修繕工事(外壁改修、内部補修等)終了。
平成12年9月 後援会の援助により、黒木町の山林に山小屋を建設し、児童福祉、地域福祉のため使用している。
平成14年2月 分園型自活訓練を開始、退所予定児童の社会的自立促進を図る。
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先達
 
初代理事長・二代施設長 坂田真瑛先生
 明治28年4月20日佐賀市神野町464番地に生まれる。
誕生後80日目に母他界、7才の折りに父が病に倒れた為西有田大山村の平瀬山竜泉寺に引きとられる。高等小学校、中学校に進み、さらに宗立真言宗京都大学で学び、大正10年3月卒業。その後本山布教師として全国を巡り、乞われて大正13年6月長崎県庁に民力涵養事務で入庁。
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初代施設長 中尾エイ先生
 明治28年1月18日諫早市仲沖名に生まれる。
父は佐賀好生館に医学を学び、卒業後鍋島藩の御典医高木氏に随行して参勤交代、江戸に出てシーボルト愛弟子伊東玄朴に学び、帰国後明治2年、仲沖名にて開業。明治10年の西南の役には1等軍医として従軍し、長崎の深崇寺に於いて多くの負傷兵の治療に当たった方であり、母は幕末の兵学者で砲術家の高島秋帆とならび称される、砲術家の藤原作平氏の娘として、書道、茶道、琴、等々の多くの教養を身に付けている方であった。
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